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『裁き』 [映画]

朝から雨降りの天気。今日は止みそうにないので、渋谷に映画に行く。ユーロスペースで、インド映画『裁き』を見た。

ムンバイで、65歳の民謡歌手が自殺ほう助の罪で逮捕される。マンホールで死んだスラム街に住む下水道清掃人が民謡歌手の歌を聞いたがために自殺したというのが警察の主張だった。法廷では人権派の若手弁護士、保守的な女性検事、中立的な裁判官が顔をそろえる。裁判のシーンに加えて、彼ら3人の私生活も描かれる。カースト、宗教、言語が複雑に入り組んだインドの社会が垣間見られて、興味深い。

シングルの弁護士はジャズを聴きながら車を運転し、高級スーパーで買い物をし、しゃれたクラブでお酒を飲む。バスで通勤の女検事は帰りに学校に寄って、子供を引き取り、家で夕飯の支度。仕事も家事も一人でやっている。家族4人で見に行った芝居は移民排斥奨励がテーマ。つまり、検事は人種差別者のよう。裁判所が1カ月間夏休みに入り、リゾート地に出かけた裁判官。障害児を持つ父親に対して、占い師に聞いて名前を変えた方がいいとか、何とかいう石で作った指輪を中指にはめるのがよいと勧める。インテリかと思ったら、実は因習的で迷信を信じる人だった。

久しぶりにダンスシーンがないインド映画を見たが、インドの法廷場面も関係者のそれぞれの暮らしぶりも非常に面白かった。歌で民衆を扇動したとして逮捕するなんて、インドでは権力の乱用がすごいなあと思っていたら、一度は無罪放免になった歌手が今度はテロ防止法に触れたという理由で再逮捕される。結局、民衆に訴える力を持っている人は権力側にとって邪魔なのだ。日本の共謀罪も同じように利用されかねないなあと思って、ぞっとした。

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ハチ公の写真を撮る外国人観光客がいっぱい。ハチ公はガイドブックに載っているのかな。
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『ローサは密告された』 [映画]

昨日、渋谷のシアター・イメージフォーラムで見た映画は、フィリピン映画『ローサは密告された』。主人公のローサを演じたジャクリン・ホセはカンヌ映画祭で主演女優賞を受賞した。

ローサはマニラのスラム街で、夫と小さな雑貨店を営みながら、4人の子供と暮らしている。生活のために麻薬を仕入れ、それを小分けして売っていた。ある日、数人の警察に踏み込まれ、夫婦は逮捕されてしまう。だれかが密告したのだ。

警察で、20万で手を打ってやると言われる。そんな大金はないと言うと、それじゃ売人を明かせと迫られる。ローサの供述によって売人が逮捕され、彼の持っていた大量の麻薬やお金は警察によって取り上げられてしまう。それで家に帰してもらえると思ったローサに警察はあと5万払わないと釈放できないと告げる。両親を心配して警察にやって来た3人の子供にローサは、なんとかしてそのお金を作ってほしいと頼む。子供たちは親戚や母親の知り合いを訪ねて、金策に走り回る。

警察の腐敗ぶりがすごい。下っ端の警察官たちは、庶民から理不尽にお金を巻き上げ、その一部を署長に上納している。汚職は一部のワルだけではなく、組織ぐるみなのだ。しかし、そういう無法地帯で生きる人たちの家族の絆は強い。自分たちもその日暮らしなのに、親戚や隣人を簡単に見捨てず、なけなしのお金をはたいて助けようとする。

フィリピンには行ったことがないけど、10万円で殺人を請け負う人がいるとか、警察官が一番のワルとかいう話は耳にする。スラム街の映像がリアルで、まるでドキュメンタリーのような作品だった。麻薬犯罪に関わる容疑者を裁判にかけることなく、逮捕時に射殺するのを大統領が認めているような国に果たして希望はあるのだろうかと暗澹たる気持ちになる一方、家族や親類の間で困った時には助け合うという精神が息づいていることに安堵した。

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二岐温泉「大丸あすなろ荘」に咲いていたウバユリ。
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『台湾萬歳』 [映画]

一昨日、ポレポレ東中野で、ドキュメンタリー映画『台湾萬歳』を見た。台湾の日本語世代を取材した『台湾人生』『台湾アイデンティティー』の酒井充子監督の台湾シリーズ三部作の最終章。

前二作も見ているが、それらは日本統治下で日本語の教育を受けて育った人たちを取材したドキュメンタリーだった。三作目は台湾南東部の台東県成功鎮に腰を据えて、そこに暮らす人々を撮った作品。

成功鎮は人口約1万5千人の漁業と農業の町。元々原住民が住む地域だったが、1932年の日本統治時代に漁港ができてからは、日本人や漢民族が移住してきた。そこでは今でも、日本人が持ち込んだカジキの「突きん棒」漁が行われている。原住民の割合が5割と台湾では一番高い地域。

日本語を話す元漁師で漢族の80代男性、突きん棒漁をしているアミ族の夫婦、伝統的な狩りを続けるブヌン族の男性たちに約3カ月密着取材し、日本統治時代のエピソードや現在の暮らしぶりを引き出している。

かつては、漁師を何人か抱えて船長をしていた元漁師は引退後は畑仕事をしながら、奥さんとのんびり暮らしている。たまに市場に行き、魚を見るのが楽しみ。アミ族の夫婦はカジキ漁に挑戦しているが、なかなか獲れない。漁港の建設時にはアミ族の家々から1-2人の人夫を出すことが命じられた。しかし賃金なしで働かされたとか。ブヌン族のおばあちゃんは、日本人に山から現在の場所に強制移住させられた。山の暮らしはとても良かったのにと話す。

さまざまな政治状況の中で、困難な時代を生き抜いてきた人々の暮らしは変わったこともあれば、祖先への感謝と祈りなど変わらずに受け継がれているものもある。ゆったりとした時間が流れているのが感じられる作品だった。上映後に監督が現地の人々は日本人に来てもらいたいと願っているので、台湾に行ったら、ぜひ台東まで足を延ばしてくださいと話していた。二度台湾に案内した連れ合いの友人が次回は南東部に行きたいと言っているので、成功鎮にも泊まって、この映画を思い出しながら、歩いてみたい。

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知り合いの和雑貨を扱うネットショップで、「房州うちわ」を購入。うちわを作るには21工程の手作業があり、そのすべてを一人でこなせる作り手は、現在ではたったお一人とか。使ってみたら、竹がほどよくしなって、心地よい風が顔をなで、やっぱり本物は違うと感心した。
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『彼女の人生は間違いじゃない』 [映画]

渋谷で、廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』を見た。福島県郡山出身の監督が描いた震災5年後のいわきに住む人たちの群像劇で、監督自身の小説が原作。

市役所に勤めるみゆきは津波で母を失い、父と2人でいわきの仮設住宅に暮らしている。父には英会話教室に通っていると嘘をついて、毎週末バスで東京に行き、実はデリヘル嬢をやっている。

父は妻を亡くしてから、失意から立ち直れず、補償金で酒とパチンコの日々。夫が原発で働いているため、肩身の狭い思いをして自殺を企てる妻、霊感商法で壺を売りつける男など、いろいろな人が登場する。

みゆきも周囲の人たちも皆、喪失感や不安感、悲しみを抱えて生きている。自分たちが住んでいた土地がもはや元には戻らないという絶望感の中で、人間関係も同様だと思い知らされる辛さ。終始淡々とした映像が続くが、胸がえぐられるような作品だった。

帰省すると、いろんな噂話を聞く。補償金で遊んで暮らしている人が多いので、パチンコ店がにぎわっている、毎日のごとく寿司屋や居酒屋に現れる避難者がいる、家を買っても補償金をもらい続けるために住民票は移さない人がいる、等々。

でも、生まれ育った先祖の地、暮らしていた土地を永久的に捨てざるを得なくなった人々にとっては、補償金ごときで受けた心の傷を到底癒すことはできないのではとも思う。福島の問題は単なる地震とは違うし、廃炉への道筋も見えてこない。一体これからどうなっていくのだろうと考えると、パチンコや酒で気を紛らせたくなる気持ちもわかる。

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先月末から咲き始めたプルメリアがまだ咲いている。
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『セールスマン』 [映画]

本年度のアカデミー外国語映画賞を受賞したイラン映画『セールスマン』を渋谷のル・シネマで見た。

テヘランに住む高校教師のエマッドと妻のラナは劇団に属していて、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」の上演を目前に控えている。直前に住んでいるアパートが崩壊危機となり、2人は劇団員の紹介で別のアパートに引っ越す。

引っ越して間もないある夜、ラナは侵入者によって暴行されてしまう。エマッドは警察に行こうと言うが、ラナはだれにも知られたくないと拒否する。事件によって、夫婦の間に徐々に亀裂が生じていく。エマッドは自ら犯人捜しを始め、ある人物に行く着くが、それが予想外の結末へと彼らを導いてしまう。

一種のサスペンスなのだが、登場人物たちの心理が主題となっている。劇中劇の「セールスマンの死」がその伏線になっているみたいだけど、その関連付けはいまいち理解できなかった。

近代化しているイランとはいえ、イスラムの下では、夫だと思ってドアを開けてしまったラナは被害者であるにもかかわらず、責められるのかもしれないし、夫であるエマッドは復讐を果たさない限り、男として立つ瀬がないという心情があるのかもしれない。結論を観客に委ねるような作品で、なんとなくすっきりしないものが残った。

イランには4年前にツアーで行った。想像していたのとは違って、女性がとてもおしゃれで、活動的なのに驚いた。ところが、ある朝、一人で散歩に行って、公園で体操をしている大勢の男性たちを見物していたら、あっちと指さされた。その方向に行って、シートで囲われた中に入ってみると、女性たちが体操をしているではないの。そうか、この国は時と場合によっては男女別なんだと思い知った次第。

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男性陣は外で、ヒップホップの音楽に合わせて体操(イランのイスファハーン)。

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女性はビニールシートに囲まれた一角で体操。でも、スカーフはかぶらず、体にフィットしたウエアを着ている人もいた。この写真は珍しかったのか、あるテレビ番組から使用依頼がきた。
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『ラオス 竜の奇跡』 [映画]

昨日見た2本目の映画は、『ラオス 竜の奇跡』。日本ラオス国交樹立60周年を記念して作られた、日本・ラオス合作のドラマ。

急速に近代化が進む2015年のラオス。田舎での暮らしを嫌って都会に出て働いているが都会にも馴染めずにいる若い女性ノイは、ある時友人たちとナムグム湖に遊びに行く。一人で歩いているうちに森に迷い込んでしまい、男の子と出会う。川のほとりに行くと、若い男性が倒れていた。彼は川井と名乗り、ダム建設の調査に来ていた日本人技術者で、ボートが転覆して川に投げ出され、気を失っていたのだと言う。

2人は男の子が住む村に案内される。ノイは男の子の両親や川井と話すうちに自分が55年前にタイムスリップしてしまったことを知る。当時のラオスは内戦状態だったため、ノイと川井はしばし村で暮らすことになる。ダムができれば、自分たちの村は湖の底に沈んでしまうのでは心配する村人たちに川井はダムができれば、この村にも電気が来て皆豊かになると説明する。ノイも農作業を手伝ううちに自分が嫌っていた田舎の良さに気づき始める。

いわば現代版おとぎ話。映画の出来不出来は別として、素朴で穏やかなラオスの人たちにスクリーン上で会えたのが嬉しかった。ナムグムダムは1972年に日本の援助と技術で建設され、1960年に日本人技術者がボートの事故で亡くなったのは事実だそうだ。

ラオスには2008年と2009年に2年続けて行った。最初は連れ合いの高校クラスメートとその家族16名で、2回目は私の友人たちを連れて10名での旅。きっかけは前年に青森の温泉で入浴中、ラオスに行ったという人から話を聞いたことだった。なんにもないけど、とにかくのどかで人々がゆったりしているのがいいわよという話に心魅かれた。行ってみたら、まさにその通りで、タイやベトナムなど近隣諸国とはまるで違っていた。

その後、再訪していないけど、映画を見たら、あの穏やかなたたずまいの人たちの住むラオスで、1週間くらいのんびり過ごしてみたいなと思った。でも、映画での都会のシーンのように、当時とはかなり変わってきているかもしれない。あちこちで中国による開発が進んでいると聞いているので。

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金沢の姪の子どもに親戚が翻訳した絵本を送ったら、きれいな干菓子と麩が届いた。干菓子は毎朝のお茶のお供に、麩はこづゆを作る時に使うつもり。
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『八重子のハミング』 [映画]

連れ合いは昼間から飲み会なので、私は久しぶりに映画に出かける。有楽町スバル座で、昼食を挟みながら2本見た。

1本目は、『八重子のハミング』。4度もがんの手術を受けた夫が若年性アルツハイマーになった妻を12年間にわたり自宅で介護したという実話に基づいた物語。

萩市に住む2人は共に教師だったが、妻の方は孫が生まれたあとに退職していた。校長だった夫は胃がんが見つかり手術を受ける。付きっきりで看病する妻の異変に最初に気づいたのは夫。友人の医師に相談すると、若年性のアルツハイマーと告げられる。しかし、がんがほかにも転移し、その後3度も手術を受けることになる。

夫は母や友人から、お前ががんに打ち勝てるよう奥さんが病気になったのだと言われる。妻のために自分が先に死ぬわけにはいかないと献身的に介護をする。やがて、症状が進み、引き受けていた教育長を任半ばで辞めざるを得なくなる。

物語のスタートは平成の初めなので、当時はまだ介護保険制度はなかった。アルツハイマーという病名すらなじみがなかったかもしれない。そういう状況にあって、主人公は妻の病気を周囲に隠さず、講演にも連れて行く。見世物にしているという批判もあったが、家族や友人、近所の人たちは彼ら夫婦を温かく見守ってくれていた。

娘が保育士として働いているため、祖父である主人公が孫の授業参観に行く。その時、孫が僕のおばあちゃんは子どもにかえってしまう病気で、一番の薬は優しさですと自分の作文を読む。思わず、涙腺が緩んでしまった。

優しさに満ちあふれ、時折クスッと笑えて、そして泣ける映画。萩の風景もきれいだし、俳優たちの演技も素晴らしい。こんな佳作の上映館が東京でただ1館だけというのは寂しすぎる。もっと多くの人に見てほしいと思えた作品だった。

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映画館があるビルの地下で、お昼にベトナムのフォーを食べたがいまち。香菜がほとんど入っていないため、味が締まらない。
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『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』 [映画]

雨が強くなるとの予報に、図書館の開館と同時に本を借りに行き、ついでにスーパーに寄って、食材を仕入れてきた。生姜の佃煮を煮ながら、本読みで一日を過ごす。

昨日はせっかく新宿に出たので、都内で2館でしか上映されていない『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』をシネマカリテで見た。なんだかすごいタイトルだわと思ったけど、日本人の青年と台湾の日本語専攻の女子大学生がFacebookを通じて知り合い、結婚したという実話に基づいた映画。

東日本大震災のあと、台北に住むリンのFacebookにモギという日本人男性から友達申請が届く。モギは震災時の台湾からの支援を知り、親日的な台湾の人たちに興味を持ったのだった。友達申請を受諾したリンとの間でFacebookでのやりとりが始まり、連休にモギは友達と3人で台湾を訪れ、リンに案内してもらう。

2人の遠距離恋愛がコメディータッチで描かれている。SNSでのチャット内容が字幕のように画面に現れるのも面白い。台北の知っている場所がたくさん出て来て、懐かしかった。

自分は基本的に実際に会ったことのない人からの友達申請は受け付けないし、友達申請もしないが、このカップルのように若い人たちはなんなく国境を越えて友達になれるのか、日本男子もなかなかやるじゃないのと感心した。

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今年もプルメリアが咲きだした。20年位前に昔のテニス仲間から30cmの枝をハワイ土産にいただき、挿し木したものだが、既に私の背丈と同じくらいに成長している。
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『生きとし生けるもの』 [映画]

新宿でしか上映されていない映画を見るために連れ合いと角川シネマ新宿へ。北海道の野生動物を5年にわたって撮影したドキュメンタリー『生きとし生けるもの』を見た。

ナレーションは最初と最後だけで、字幕での場所の説明も一切なし。用いられるのは音楽のみ。8万羽のマガンがねぐら立ちするシーンから始まり、迫力ある映像に度肝を抜かれた。

せっせと冬支度をするエゾナキウサギ、母親に甘えるキタキツネの子供、鳴き交わすタンチョウ、その声に誘われ寄ってくるエゾシカ、遡上するシロサケ、それを捕獲するヒグマなど、北海道の代表的な動物はもちろんのこと、小さな虫からシャチまで、あらゆる生き物が登場する。

広大で美しい北海道の自然や動物の愛らしい表情だけではなく、弱肉強食の世界で生きる生き物たちが命をつなぐために毎日を精いっぱい生きる姿に深く感動する。進化を遂げたはずのヒトの社会のほうが余程おかしいのではと思えてくる。

わずか1館のみの上映とはまことにもったいないと思ったほど、映像が素晴らしく、心にしみいる作品だった。

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お昼は「ライオン」で。
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『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』 [映画]

昨日見た2本目の映画は、『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』。1950年代から50年間、夫が絵コンテ、妻がリサーチを担当し、ハリウッド映画制作の裏方として活躍した夫婦の物語。

本人たちや彼らが関わった監督などへのインタビュー、妻の回想を通して、60年間添い遂げたハロルドとリリアンの夫婦愛や彼らの仕事ぶりを描いたドキュメンタリー。

映画を作る際、脚本を基に各カットの構成を絵で示す「絵コンテ」という仕事があることを初めて知った。ハロルドはその才能に恵まれていたらしく、ヒッチコック監督の『鳥』、ニコルズ監督の『卒業』などハリウッドの名作100以上の作品で絵コンテを作成した実績がある。

一方、リリアンは撮影所内にある「ライブラリー」と呼ばれる一室で映画の内容に必要なリサーチを行った。作品にリアリティを持たせるための考証で、その徹底したリサーチには定評があった。ある作品では裏社会に詳しい人に紹介してもらい、ボリビアにいる麻薬王に会いに行くことも考えたほど(夫の反対で断念)。夫亡きあとも80歳まで仕事を続けた。

二人の仕事はクレジットに名前が出るわけではないが、確実に映画の一角を支えている。50年前に見た『卒業』のあるシーンがハロルドの絵コンテを基にどう撮影されたかがわかって、興味深かった。映画制作の場においては俳優や監督など陽の当たる場所にいる人はごくわずか。圧倒的に多いのは裏で支える人たちだ。その仕組みがよくわかって、映画好きには楽しめる。

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時鮭のシーズンに作る鮭の混ぜ寿し。焼いてほぐし、酢を振りかけておいた鮭、薄切りのキュウリ、酢漬けの生姜を千切りしたのを酢飯と混ぜるだけ。
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『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』 [映画]

雨降りで梅雨寒の一日。今朝の気温は3度ですという釧路からのメールに驚いていたら、なんと北海道では13の地点で氷点下だったらしい。

恵比寿で、連れ合いとドキュメンタリー映画を2本見た。1本目は東京都写真美術館ホールで上映されている『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』。1914年生まれの日本初の女性報道写真家、笹本恒子さんと1915年生まれの新聞記者むのたけじさんに焦点を当てたドキュメンタリー。

対談やそれぞれのインタビューを通して、お二人が生きた時代を検証し、その生き方に迫っている。むのさんは残念ながら昨年8月に亡くなられたが、100歳を超えてなお、気骨のあるお二人に圧倒された。

むのさんは戦争協力の記事を書いていたことを恥じ、終戦の日に新聞社を辞めて、故郷の秋田に帰り、「たいまつ」という週刊新聞を発行し、自由に発言してきた。「戦時は政府がこんなことは書かないようにといちいち新聞社に言ってきたわけでないのよ。新聞社が発行禁止にならないように自ら規制していたのです」というむのさんの言葉にぞっとした。今のメディアの状況がまさしく当時と似ているように思えたのだ。

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2本の映画の合い間に、エビスビール記念館で昼食。
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『家族はつらいよ2』 [映画]

一昨日、品川で見た2本目の映画は『家族はつらいよ2』。前作は平田家の老夫婦の熟年離婚騒動だったが、今回は高齢者の運転問題、独居老人をめぐる無縁社会などを取り上げている。

前作同様、三世代同居の平田家の人たちと別に暮らす2家族が登場し、リアルな会話が繰り広げられる。どこの家族にもありそうな言い争いに思わず笑ってしまう。喧嘩してもお互いを思う気持ちが根底にあって、なんとか分解しないでいるけど、田舎でさえ珍しい三世代同居は現代では一種のファンタジーかも。

生活保護受給者の過半数が65歳以上という統計が載っていた。一人暮らしの人が多いから、当然孤独死も増える。家族の単位が小さくなっているため、今後はますます無縁社会になるのでは。映画を見た後、血縁よりは結縁を大切にせねばと思った。

そう言えば、出演者の息子さんが覚せい剤所持で逮捕され、父親である俳優が息子の不祥事を謝罪したというニュースがあったが、30歳にもなる息子がやったことを親が詫びる必要などあるのだろうか。なんだかおかしい。

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近所のアジサイ
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『光』 [映画]

とうとう梅雨入り。曇天の下、朝9時からテニスをする。帰りにまたまた「天心」で、生ビール付き昼食。痛めた足を引きずりながら頑張っている女将さんを見ると、つい寄ってしまう。

昨日見た1本目の映画は、河瀬直美監督のカンヌ映画祭に出品された『光』。残念ながらパルムドールは逃したが、受賞に値する作品だった。

視覚障害者向けに映画の音声ガイドを作成することになった美佐子は、完成前の原稿を実際に視覚障害者たちに聞いてもらう「モニター会」で、弱視のカメラマンの雅哉に出会う。彼は美佐子のガイドに容赦ない意見を浴びせる。無愛想な雅哉の態度にいらつく美佐子だったが、病気で視力を失いつつある彼の葛藤を見つめるうちに美佐子自身の中で何かが変わっていく。

河瀬監督の前作『あん』に続いて、主演の永瀬正敏が難しい役を好演。美佐子役の水崎綾女という女優は初めて見たが、素晴らしかった。その他の俳優陣も芸達者な人ばかり。

視覚障害者が映画を楽しめるように、登場人物の動作や周囲の情景を言葉で伝えるという映画の音声ガイドのことを初めて知った。安易に主観を入れてはいけないし、描写する言葉がなんでもいいわけではない。見えない人がその映画を音声だけで最大限に楽しむためには言葉が最も重要になる。目で映画を見ている私はセリフを深く自分の心に落とし込むこともせず、想像力が足りないかもと反省した。

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「天心」でジャージャー麺を食べる。
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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 [映画]

雨でテニスを諦め、映画へ。恵比寿ガーデンシネマで、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を見た。アカデミー主演男優賞と脚本賞を受賞した作品。

ボストンで便利屋として働くリーはある日、兄が危篤だという連絡を受け、故郷の町、マンチェスター・バイ・ザ・シーに駆け付ける。しかし、兄は1時間前に息を引き取っていた。弁護士から、兄の遺言で残された16歳の甥の後見人となるよう伝えられ、驚く。かつてこの町に住んでいたリーには忘れたくとも忘れられない悲惨な出来事があり、住むには辛すぎる場所だったのだ。

回想シーンが所々に織り込まれ、だれにも癒すことができないリーの心の痛みが徐々に明らかになっていく。少ないセリフにもかかわらず、過去のシーンや海辺の風景がリーの心象風景を映し出す。人は容易に喪失から立ち直れないし、自分を許すこともできない。心を閉ざして生きるリーの孤独と深い悲しみが観客の心に突き刺さるような作品。

機中で見た『ムーンライト』と『ラ・ラ・ランド』を加え、アカデミー賞関連の3つの作品の中では、この『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が一番よかった。脚本が素晴らしいし、リー役のケイシー・アレックの抑えた演技が秀逸。

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目黒から恵比寿ガーデンプレイスに歩いて行く途中に見たタチアオイとアジサイ。
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『草原の河』 [映画]

しばらくぶりの岩波ホールでの映画鑑賞。チベットの家族を描いた『草原の河』を見る。チベット人監督の作品が日本の劇場で公開されたのは初めてとか。

チベットの草原で牧畜を営む一家は父母と幼い娘の3人家族。母はお腹に子どもを宿している。やがて赤ちゃんが生まれてくると知った娘に嫉妬心が芽生え、赤ちゃん返りをする。父は4年前のある出来事から、僧籍に入っている自分の父親を許せないでいる。

ありふれた家族間の確執や葛藤を雄大で美しいチベットの自然を背景に、少ないセリフで淡々と描いている。娘の視点で物語が進行するが、娘役の少女がなんとも愛らしく、演技も素人とは思えぬほど。物語としては、少々退屈な面もあるけど、少女の存在感と映像の素晴らしさがそれを補っている。

10年前に行ったチベットの風景が目の前によみがえり、懐かしかった。その1年後の2008年にチベット騒乱が起きた。映画の中では政治的なことは全く描かれていないが、その後ますます中国政府の締め付けが厳しくなっているのだろうなと思いながら、見ていた。

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帰りに一つ手前の駅で降りて、ピザ屋で遅めの昼食。
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『台北ストーリー』 [映画]

ユーロスペースで見た2本目の映画は、日本初公開の『台北ストーリー』。10年前に亡くなった台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の1985年の作品。『非情城市』の侯孝賢監督が制作と共同脚本に携わり、主演までしている。

1980年代の台北が舞台。主人公のアリョンは少年野球時代、将来を嘱望されたが大成せず、家業を継いで生地屋をやっている。幼馴染の恋人アジンは不動産会社のキャリアウーマン。しかし、会社が買収されて失業してしまう。それをきっかけに二人の関係もきしみだし、思いもよらぬ結末へと向かっていく。

台湾が経済的に発展し始めた時代、変わりゆく台北を背景に過去に囚われた男と未来を見据える女を淡々と描き、やるせなく哀愁に満ちた作品になっている。頻繁に登場するタバコを吸うシーン、富士フィルムなどの日本企業のネオン、夜の街を疾走するバイクなどの映像が効果的に使われていて、印象に残る。

台湾で公開時は4日間で打ち切りになったらしいが、30年前には斬新すぎて良さが理解されなかったのかも。パンフレットの「台湾ニューシネマの幻の傑作」というコピーがあながち大げさではない、心に残るいい映画だった。

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田舎の畑で見たいちごの花
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『わすれな草』 [映画]

昨日、渋谷のユーロスペースで映画を2本見た。1本目はドイツのドキュメンタリー映画『わすれな草』。監督自身の両親を撮った作品で、アルツハイマーの母親と介護する父親に密着し、両親の過去を挿入しながら、夫婦の歴史、認知症の介護のあり方などユーモアを交えて描いている。

73歳の母は若い頃は政治運動に身を投じ、結婚しても自立し、お互いを束縛しないことを実践してきた女性。それなのに、今や夫の名前も忘れてしまっている。息子で映画監督であるダービットは父親を手伝うため実家に帰り、母の介護をする。理性的で活動的だった母は動くことを嫌がり、散歩に誘っても応じず、ただぼんやりとしていることが多い。

退職後は数学を趣味にして、のんびり余生を楽しむつもりでいた元大学教授の父は妻の介護に明け暮れ、疲れ果てている。ダービットは実際に母の介護をしてみて、その大変さに音を上げる。ある時、父は施設に入っている96歳の自分の母親(監督の祖母)を訪ねる。頭がしっかりしている祖母は認知症の妻を介護する息子を案じ、無意味な犠牲だから、施設に預けなさいと言う。

父親一人での介護は限界に達していたこともあり、施設に入所させる。しかし、娘は自分も手伝うから家で世話しようと言い出す。そして、リトアニア人の女性を雇って、再び家で看ることにする。

妻の日記を読んで、自分は少しも彼女の苦しみをわかっていなかったと悔いながら、過去を忘れ去ってしまった妻を優しく介護する夫。過去の母ばかりでなく、現在の母をもそのまま肯定しようとする息子と娘。家族が母の介護を通じて、絆を深めていく。

自分の連れ合いが認知症になったら、果たしてこんな風に優しく接することができるだろうかと考えこんでしまった。そしたら、パンフレットに書かれていた監督のメッセージが目に留まった。
「認知症になった母から、父と僕たち子供が学んだことがある。愛情を直接示すこと、ふれあいを持つこと、そして一緒に寄り添うことが、家族にとっていかに大切で価値があるかということだ。」

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田舎の弟の家の近くに咲いていたアケビの花
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『タレンタイム〜優しい歌』 [映画]

昨日は気温が26度まで上がり、暖かいを通り越して、暑かった。テニスに行ったけれど、2セットでダウン。

一昨日、渋谷のイメージフォーラムで見た『タレンタイム〜優しい歌』は、8年前に急逝したマレーシアの女性監督の作品。8年の時を経て、日本での劇場初公開となった。

ある高校で、タレンタイム(芸能コンクール)が開かれることになる。ピアノで弾き語りをする女生徒のムルー、二胡を演奏するカーホウ、ギターと歌が上手なハフィズなど決勝に残った生徒たちはその日に向けて練習に励む。

学校からムルーの送迎を仰せつかったマヘシュはインド系で聴覚障害者。彼はムルーに恋をするがムルーもマヘシュに魅かれる。カーホウは中華系で、父親から常に一番の成績を期待されている。しかし、転校してきたマレー系のハフィズにトップの座を奪われてしまう。ハフィズには母親しかいないのに、彼女は脳腫瘍の末期で入院中。

マレーシアは他民族国家で宗教も言語もさまざま。映画の中の生徒たちは家庭環境も違えば、宗教も違う。それでも若さゆえの純粋な心で、壁を乗り越えていこうとする。

初めて見たマレーシア映画は優しさに満ち溢れていて、とても温かい気持ちになれる。音楽もいいし、上質な青春ドラマだった。

フェイスブック友に2人のマレーシア人がいるが、彼女たちは中華系。よって、FBに記事を投稿する際には公用語の英語を使う時もあれば、中国語の場合もある。多分、マレー語も使えるのだと思う。

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一人の夕食は15分もあれば出来上がる。
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『私は、ダニエル・ブレイク』 [映画]

昨日見た1本目の映画は、イギリス映画『私は、ダニエル・ブレイク』。引退を決めていたケン・ローチ監督がどうしても伝えなければという思いに駆られて制作した作品。カンヌでパルムドール(最高賞)を受賞している。

長年大工として働いてきた59歳のダニエル・ブレイクは心臓の病で医師から仕事をすることを止められる。妻に先立たれ、子供もいない彼は国から給付を受けようとするが、煩雑な手続きと融通のきかない役人たちによって、たらい回しにされる。

福祉事務所で出会った2人の子供を抱えるシングルマザー、ケイティも困窮していた。ダニエルはケイティ一家と交流し、助けながら、収入のない自分の状況をなんとかしようとする。しかし、病身で働けないというのに、給付金を受給するには求職活動をして、その証拠を提出するようにと役所から理不尽なことを言われる。

何十年も自分は税金を払って来たんだとダニエルが役人に言う場面がある。真面目にコツコツと仕事をしてきて、自信と誇りのあるダニエルは給付金のためとはいえ、簡単に役人たちの指示に従わない。それが彼を追い詰めていくことになる。

「ゆりかごから墓場まで」と言われたイギリスの福祉政策は遠い過去のことで、ダニエルやケイティのようにセーフティーネットからこぼれ落ちる人たちがたくさんいる。日本でも生活保護を申請せずに餓死した例があるが、世界中が格差社会となり、弱者は見捨てられつつある。

ケン・ローチ監督の作品は数本見ているが、社会の底辺に生きる人々を描き、その人たちに心を寄せ、声高ではなく社会を批判している作品が多い。この作品からは、ますます生きにくく、不寛容な社会になっているのを見過ごせなかった監督の思いが伝わってきた。深刻な社会問題を扱いながらも、ユーモアがあり、胸を打つ言葉もある。今年見た中では、一番の傑作かな。

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弟の愛犬
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『海は燃えている~イタリア最南端の小さな村~』 [映画]

雨降りの一日。夕方鍼灸院に予約を取り、その前に映画を見ることにした。渋谷のル・シネマで、ドキュメンタリー映画『海は燃えている~イタリア最南端の小さな村』を見る。
2016年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した作品。

北アフリカに最も近いイタリア最南端の小さな島、ランペドゥーサ島が舞台。カメラは、そこに暮らす人々の平凡な日常と島の沖合での難民船の救助活動を映し出す。ナレーションは一切なしで、淡々と双方の映像が続く。そして、島民と難民は交わることはない。なぜなら、難民は救助されるとすぐに難民センターに送られるから。

アフリカからの難民がヨーロッパを目指して、何十年も前から命がけでやって来る。しかし、途中で命を落とす人も多い。検死を担当する島の医師がもう慣れただろうと言われるけど、決して慣れることなどできないとつぶやく。

島の人々のつつましくも平和な暮らしと難民の悲劇的な現実を詩的な映像で対比させながら、観客の心にずしんと重いものを残すような作品だった。

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東急本店地下の食品売り場にある新橋亭で塩ラーメンの昼食。

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